Ⅰ. 全体主題の深層:従属からの解放と「自律した美学」の模索(加筆修正案)

刺繍は数千年の間、常に衣服や空間といった「主体」に寄り添う、あるいは奉仕する「附随的・従属的」な役割に甘んじてきた。この構造的制約を解体し、刺繍という行為をそれ自体で完結する「独立した時間的現象」へと移行させることが、私の制作の根幹にある。

刺繍が歴史的に「装飾」に留まり、従属を余儀なくされてきた背景には、それが内職や産業として発展する過程で、常に「再現性」や「反復性」を前提としてきたという実態がある。すなわち、刺繍とは常に完成図(設計図)という「過去の決定」を忠実に遂行する二次的な行為として定義されてきたのである。

しかし、単に従属を拒絶し、刺繍を布から引き剥がすだけでは、それは単なる個人的な主張(自己表現)に終始してしまう危険を孕んでいる。附随しないために、作品そのものが独立した強固な美学を持ち合わせなければならないが、それが極めて主観的でありすぎるならば、鑑賞者との接点を失い、表現は閉じてしまう。

したがって、刺繍が従属構造を脱し、自律した存在となるためには、作家個人の主観を「普遍的な問い」へと置換する「触媒(プロセス)」の特定が不可欠である。では、そもそも「普遍的な美学」とはどこに存在するのか。また、私という主観が「美しい」と判断するその根源は、どこまでが真実であり、どこまでが虚構なのか。

これらの問いを解明し、構造解体のための論理的強度を得るために、私は以下の多角的な実験的アプローチを並行して行っている。

想起の門での視点

  1. 主観 vs 普遍(自己表現に陥らないための濾過装置としての実験)

  2. 従属 vs 自律(何かに付随しないための美学的根拠の確立)

  3. 瞬間 vs 遅効(写真と刺繍を「不可逆性」で繋ぐことで見える時間論)

【生存の意匠での視点(加筆)】

  • 意志 vs 必然(個の衝動が宇宙的秩序へと収束するプロセスの観測)

  • 構築 vs 崩壊(エントロピー増大の中で秩序を編み上げる「時間の矢」の可視化)

  • 離散 vs 連続(最小単位の集積がいかにして生命的な造形美へと至るかの解読)

02 Metanoia:反転実験

【導入:主題からの接続】

刺繍を衣服や空間への「附随・従属」から解放し、自律した存在へと移行させるためには、作品そのものが独立した強固な美学を内包していなければならない。 しかし、刺繍が歴史的に「装飾」として扱われてきた背景には、それが内職や産業として「再現性」や「反復性」を前提とし、常に完成図(設計図)という「過去の決定」に従属してきたという構造的実態がある。 この「あらかじめ決められた正解」に従う限り、刺繍は設計図に従属する工芸の域を出ることはない。

本アプローチ「反転実験」は、この数千年背負ってきた「デザインー設計ー縫い」という因果律を解体し、行為が結果を規定する「因果の逆転」を試みるものである。刺繍というメディウムにおいて、装飾的な描写ではなく「表現主義的」な描写を、制作プロセスそのものにおいて実現すること。それは、計画性を本質とするメディウムを用いながら、計画そのものを否定しようとする、論理的な矛盾への挑戦である。

【二つの問い】

  • 刺繍による純粋表現主義の可否 刺繍が「既知の図像を再現するための手段」であることを辞めたとき、針と糸の運動それ自体は、純粋な表現主義となりうるか。下準備という「過去の制約」を排しながらも、刺繍の持つ「構成的な美」を維持することは可能か。

  • 因果律の解体と「生成」への移行 「設計(原因)があって縫い(結果)がある」という従来の因果律を反転させ、あえて完成図を予想せずに進めることで、刺繍を「装飾的な静止」から「生成的な運動」へと移行させることができるか。

    【手法:一本の線に集約される「覚悟」の移植】

    本実験における具体的なアプローチは、オイルパステルによる即興的な描画である。 ここで絵を描くことは、刺繍のための視覚的な図案制作ではない。パステルという、混色や擦れを許容しながらも「引き返せない一線」を強いるメディウムを用いることで、刺繍における一針一刺しを、工芸的なルーチンワークから「一本の線を引くのと同じ重さを持つ、不可逆な決断」へと引き上げるための、精神的・身体的な規律を構築することが目的である。

    • 瞬発的な感性の定着: 完成図を想定せず、その瞬間の爆発的な感情をオイルパステルによって画面に定着させる。

    • 時間軸の差異の検証: 数分で終わるドローイングの熱量を、数日間続く刺繍のプロセスへと移行させる際、当初の感情がいかに「変質」し、濾過されていくのか。その時間的ギャップを、制作における「不純物」ではなく「作品の深み」として受け入れるための感性的訓練を行う。

  • 【因果逆転が導く表現:刺繍による表現主義の再定義】

    因果を逆転させ、あらかじめの正解(設計図)を排した先に現れるのは、刺繍というメディウムにおいて最も実現が困難とされてきた「表現主義的な描写」である。

    • 「計画なき秩序」による自律: 刺繍を従属的構造から解き放つためには、事前の設計に奉仕するのではなく、制作プロセスそのものが「今、ここ」の主体性によって駆動されなければならない。結果を考慮せず、瞬発的にオイルパステルを走らせることで、描き手の内部に蓄積された「美学」や「記憶(想起の門)」が、無意識のうちに形態(相貌)を紡ぎ出していく。この「計画なき秩序」の出現こそが、刺繍が他者に依存せず、自ら造形を生成するための論理的な鍵となる。

    • 感性の同期による普遍性の獲得: 本来、刺繍はその物理的な重厚さと時間の遅効性ゆえに、瞬発的な感情を定着させることには向かない。しかし、描画時のリズム、色彩の選択、線の重なりが放つ「感性」そのものを作品に定着させることができれば、鑑賞者がその「感性の痕跡」を自身の感性で受け止めたとき、主観は初めて普遍的な論理へと接続される。即興的な筆致に宿る「一本の線に頼る覚悟」を、刺繍の沈黙の時間の中に同期させること。それこそが、本実験において刺繍というメディウムが「自律した表現」へと飛躍するために必要な、実質的なプロセスである。

    【実験を通じて見出された学びと、新たな問い】

  • プロフェッショナリズムという名の「内なる下書き」 この実験において最大の障壁となるのは、私自身の身体に深く染み付いた「工芸的な美学」である。下絵を排してもなお、無意識に美しい構成へと手を導こうとする身体的習慣。この「準備を求めてしまう癖」を、暴力的なまでの一刺しへと同期させる練習こそが、この実験の本質である。

  • 不可逆性の受容と「失敗した一刺し」の聖域化 リュネビル刺繍の特性上、逃げ道としての「隠蔽(地層)」は存在しない。ここで生じる新たな問いは、一度置いた線やビーズをやり直す(糸を抜く)ことを美学的に拒絶し、すべての痕跡を「戻れない時間の記録」として定着させることができるか、という点である。 明らかに自らの美学から外れた、コントロールを失った一刺しが生まれたとき、それを「ノイズ」として排除するのか、あるいは不純な主観を排した「純粋な時間の記録」として聖域化するのか。この「綺麗な失敗」と「本当の失敗」の境界線をどこに引くべきかという問いは、今後も見極めていくべき主題となる。

  • 次のアプローチへの接続:Teleologyへの予感

    「想起の門」で自らの美意識を解剖し、「反転実験」で計画を破壊し、主体性を爆発させた。その果てに、意図せず現れてしまう秩序は、なぜか私個人のエゴを超え、自然界の摂理や生存の必然性に酷似し始める。一粒のビーズという「最小単位」への献身が、いかにして「生存の必然」という巨大な全体性へと収束していくのか。そして、崩壊へ向かう時間の流れ(エントロピー)の中で、秩序を編み上げるという行為がいかなる意味を持つのか。この「個の衝動が宇宙的秩序へと収束するプロセス」を観測するため、思考は「03 Teleology:生存の意匠」へと向かう。

【Case Study】「DISRESPECT」:再現という名の従属

DISRESPECT (2024)

本作は、オイルパステルによる表現主義的なドローイングを、刺繍というメディウムによって忠実に「再構築」した試みである。

当時、私は瞬発的な情動を刺繍へ移植するために、まず絵画として感情を爆発させ、それを図案として定着させる手法を採った。しかし、完成した作品が突きつけたのは、刺繍が依然として絵画という主体に従属し、その「再現」に終始しているという冷徹な事実であった。

パステルの一線に宿る「暴力的な瞬発力」を、数百時間を要する刺繍という「遅効的な行為」でなぞるとき、熱量は工芸的な調和へと変質してしまう。この構造的な限界への気づきこそが、現在進めている「Metanoia:反転実験(設計図を排し、行為そのものを表現主義化する試み)」へと向かう決定的な転換点となった。

本作は、刺繍が「装飾」という従属的構造を脱し、自律した時間的現象へと飛躍するための、痛切な「自覚」の記録である。

【Case Study 02】CONQUEROR:統治者の眼差しと「一線」の再構築

ティカル遺跡の原生林に屹立する巨大な人工物。かつての統治者が自然の創造主と対峙しようとした「支配の意志」を想起し、その暴力的な直感をオイルパステルで定着させた。帰国後、その絵を刺繍作品へと変換する過程で、私は一つの困難に直面した。パステルが一瞬で描き出した「支配の意志」という熱量を、膨大な時間を要する刺繍の中でいかに維持しうるか。この問いと格闘する中で、私は刺繍というメディウムの持つ、逆説的な可能性を見出すこととなる。

制作が数週間に及ぶ中、私は一刺し一刺しを、単なる「面を埋める作業」から、最初の一線に込めた熱量を物質の中に封じ込める**「エネルギーの圧縮」のプロセスへと再定義した。一粒のビーズという「最小単位」**へ執拗なまでに献身し、その密度を高めていく行為は、微細な要素が積み重なり巨大な秩序を成す生命や宇宙の構築プロセスと、ある種の相似形を成し始めたのである。

依然として絵画を図案としてなぞる「従属的構図」の中にありながら、この「密度の重圧」によってパステルの緊張感を翻訳し得たという予感。それは、刺繍が「装飾」を脱し、宇宙的な論理を可視化する概念装置へと至るための、重要な突破口となった。

Subliminal Impulses

The Genesis of Form

【潜在的衝動:形態の創世】

問い:刺繍における因果の解体と再構築

修正不能な、色彩の爆発

旅の最中、特定の場所、限られた時間。
後戻りできないオイルパステルで、しかし色を滲ませず、緊張感を宿す線で感情を紙に叩きつける。 ここでは、完成予想図は意図的に持たない。

色彩による純粋な暴力。
そして、その無秩序に「美」という秩序を強制する冷徹な視座。

刺繍では叶わない「速度」の中で、自らの本能と美意識を衝突させる。 この不可逆な格闘の記録こそが、後に時間をかけて紡がれる刺繍作品の、揺るぎない核心となる。