1996 -

少年時代

幼少期から様々な国の文化に興味を持ち始め、後にその思いが服飾芸術への興味へと繋がっていく。
学生時代の旅先での経験や育んだ感性から服飾芸術の分野における特に刺繍に興味を持ち始める。

2012-

17歳から様々な国でバックパッカーとして旅を始める。

オーストラリアでは自称独立国「ハット・リバー公国」へ向けてのヒッチハイク旅を、カナダではロッキー山脈での150㎞の単独トレッキング・200㎞のサイクリングの旅を、スペインではサンティアゴ巡礼路を200㎞完走し、その後もブータンやインド、東南アジア諸国、ヨーロッパ諸国など様々な国で旅を続ける。

学生時代の旅の集大成として、モロッコ王国で30日間の単独フィールドワーク旅を実施。この旅では、ボーイスカウトの最高位の章である「富士章」の受章者のみを対象とした「日本ボーイスカウト兵庫連盟富士スカウト海外派遣助成金」の資金援助と、アウトドア総合メーカー「株式会社モンベル」の「チャレンジ支援プログラム」支援を受けて、「モロッコ王国 アトラス山脈に住むベルベル族の文化研究トレッキング」として実施。

当プロジェクトについて当時在籍していた関西学院大学のリサーチフェアで発表を行い、奨励賞を受賞する。この旅を通してテキスタイル芸術への関心がより一層強くなる。

Aug, 2018 Camping at Atlas Mountain with a Doncky

2018-

長艸純恵氏との出会い

関西学院大学で文化人類学を学ぶ傍ら、大学3年時の1年間、京縫伝統工芸士「長艸純恵」氏に師事。
師との出会いにより刺繍への憧れが覚悟へと変わる。

2019

パリ刺繍学校

オートクチュールドレスに施されるリュネビル刺繍の技を学ぶため、
21歳の夏に文部科学省が展開する「トビタテ!留学JAPAN」奨学生として2年間フランスに渡る。

現在はCHANEL傘下の刺繡工房であり、1924年よりオートクチュールを支え続けている刺繍工房Maison Lesageにより設立された刺繍学校Ecole Lesageにて、計8ヶ月間オートクチュール刺繍の基礎技法を学ぶ。

2020

関西学院大学 総合政策学部 卒業

在籍中に様々な文化圏で旅を続け、その風土に合った伝統衣装に感銘を受ける。

シルクロードでみた、母から娘へと代々受け継がれていく花嫁修行としての刺繍。
西欧でみた、袖に腕を通すのは数えるほどであろう豪華絢爛な美しいドレスの刺繍。
イスラーム圏でみた、日常生活に溶け込んだ機能美としての刺繍。

それらの経験が私を刺繍の世界へと誘った。

2021

刺繍学校での一人修行

”伝統というものは、それを表現し、伝える職人たちの情熱なくしては意味を持たない”と語るClaire Liotta 氏は、2004年にオートクチュール刺繍学校 レ・ボザール・ドゥ・フィルを開校。更なる技法を学ぶためパリを離れ、氏の住む西フランスに位置する小さな村ラブシー「L’Absie」へと移り住み、1年間師事する。

 一時帰国

COVID-19流行のため日本へ一時帰国

L‘Absie, small village of population of 900

展示歴
・トークイベント 「刺繍がつなぐ旅のはなし」|2020年9月 奈良蔦屋書店
  伊達文香氏(株式会社イトバナシ代表)のトークイベントにゲストとして登壇


 Pom Zyquita

2年間の刺繍修行の後に帰国。

修行を経て、アートと工芸の狭間に落とし込まれてしまっていると感じる刺繍芸術の現状に疑問を感じるようになる。装飾付随芸術としての刺繍表現ではなく、生死の感情や経験を刺繍によってアートとして昇華させるべく、Pom Zyquita として制作活動を始める。

2021


展示歴
・第1回公募Maru arts展|兵庫県立美術館 原田の森ギャラリー(兵庫)

  • フランス西部の町”リュネビル”で誕生したかぎ爪針”クロシェ針”を用いるリュネビル刺繍。刺繍台に布を張ることで、効率よくスパンコールやビーズを布に刺繍することを可能にし、また当時のオートクチュールメゾンのドレスにも施されたことで、より豪華絢爛な刺繍表現が求められ更なる発展を遂げていく。

    オートクチュールとは、フランス語で高級仕立服を意味する。オートクチュール組合に所属するメゾンのみが、正式にオートクチュールと称してコレクションを発表するできるが、価値あるドレスを生み出す伝統を守るため所属には厳しい条件が幾つもある。戦後の全盛期には200以上のメゾンがこの組合に所属していたが、今日ではそのオートクチュリエも世界に20人ほどしか存在しない。そしてオートクチュールの顧客も全世界で最大たった4000人と言われる。ときにはたった1着のドレスを、3~5人の刺繍職人が3カ月もの時間をかけ、仕立てるのだ。しかし、時代は変わりゆくもの。オートクチュールを取り巻く環境も変化し、その需要は減りつつある。今日における、その存在意義とはなんだろうか。

    それだけではない、私がある国々を旅した時、スーク(市場)の表で売られていた商品とは、まさにそのブランドたちのコピー品であった。そしてスークである店主はこう呟いた。「数十年前のスークには、職人が作った本物が並んでいが今の観光客はコピー品しか買っていかないよ。職人は家賃を払えず店をスークの奥へと追いやられたか、店を畳んだ奴らがほとんどだ。」そして職人たちの店があったところには今ではコピー品が所狭しと陳列されている。

    なにかがおかしい、彼らのドレスのデザインには度々それらの国の伝統芸術がインスピレーションにも使われている。なぜだろうか、美しい芸術的なドレスを作る者たちが、一方で職人を殺しているように私には見える、、、ただ、そうであったとしても、オートクチュールドレスの美しさに惹かれる自分もいる。人類は数千年の時間をかけ、暖を取るため、体を守るための布切れから、飾るための衣装へと衣服を進化させてきた。体に合った服を着れば自然と背筋が伸びる。素敵な靴は、普段なら行かない場所へと導いてくれることがある。そして美しいドレスは、腕を通す女性の笑顔を引き出し、その女性をさらに美しく魅せる。

    オートクチュールはそんな夢を見させてくれる。人類がたどり着いた服飾のあり方の頂点を極めた芸術。そんな存在だと、私は思う。CHNAELで長年モデルを務めた女性は、オートクチュールショーでこんな言葉を口にしていた。ファッションとはシニカルで、かつ、もしくは皮肉的でなくてはならない。私たちが本当に欲しているものをさらけ出そうロマンティックになってもいいそして、あの永遠のドレスを手に入れよう                  - Amanda Harlech

    オートクチュール刺繍に存在意義はあるのだろうか?今の私には分からない。答えなんてあるだろうか、どんな答えがあろうと、なかろうと、夢を見させてくれるオートクチュールの文化を絶やしてはいけない。そんな思いに駆られるのだ。オートクチュール刺繍はそれを支える匠の技。ただただ美しいドレスを探求し続ける人が、この世界にいても悪くないと思う。機能性や、効率性や、価格だけを追い求めるだけでなく人の心を奪い、ときめかせ、人生を飾る、そういう何かをこの世に生み出していきたい。だから、私は今日も刺繍枠と向き合い、そしてクロシェ針を握る。

    Jul. 2021

From Diary

2022

 刺繍学院でのインターンシップ

19世紀から続くリュネヴィル刺繍とは、ロレーヌ地方にある小さな村リュネビル「Luneville」で誕生した刺繍技法であり、その原点はビーズやスパンコールを用いないチェーンステッチによるレース刺繍であった。

その古典技法を習得するために、リュネビル宮殿内にアトリエを構え、フランス共和国における刺繍文化的価値の保持・教育を行う公的機関「リュネヴィル刺繍学院」でインターンシップを行う。


受賞歴
・AJCクリエーターズコンテスト2022 《奨励賞》・《佳作》・《入選》
・第36回日本煎茶工芸展 《日本煎茶工芸協会奨励賞》

展示歴
・AJCクリエイターズコレクション展2022|東京都美術館(東京)
・第36回日本煎茶工芸展|宇治市黄檗山 萬福寺 黄龍閣(京都)

2023

創造の探求・ジョージア

ジョージアはオマロ、ロシア国境付近に位置するアートレジデンス「Aq Tusheti」で滞在製作を実施。
新印象派の点描法を刺繍に応用した作品を製作する。

From Diary

  • それは刺繍芸術はアートであるのか、それとも工芸であるのか?という問いへの答えへと近づくためだ。

    フランスでの修行を終え帰国 した私は、職人とアーティストの存在意義の違いを模索し始める。

    そして、技を極める道と想像力を解放する道は決して自然に交差す ることはないことを痛感する。

    では刺繍のデザインとは何なのか?

     そのヒントを得るために私は絵を描き始めた。

     刺繍の歴史は古く、青銅器時代には既に各文明で刺繍の原型となる「糸による装飾」が衣服に施されていた。古代エジプトのファラオの墓から刺繍の布切れが発見されていたり、また中国文明では4000年前頃から刺繍芸術が発展する。日本では飛鳥時代に大陸から刺繍技法が渡ったのちに独自の発展を遂げていく。

    刺繍に多用されてきたデザインには、宗教装飾、図柄の反復繰り返しである紋様、民藝運動などの装飾美術に見られる様な工芸的なデザインがある。世界中で同時多発的に発達してきたにも関わらずこの様な共通項があるのには、刺繍芸術の発展の仕方に関連があると私は考えている。世界中を探しても刺繍の担い手は女性であることがほとんどである。嫁入り修行として刺繍が発展した文化圏も多く、時間をかけて繊細な美しい刺繍を作り出す能力は、忍耐力があり気配りができる女性であるという証明になった。この様な発展を遂げてきた刺繍芸術が生活活動の一部に取り込まれた条件には、教育や資本、年齢に左右されず誰もが今日にでも始められるということが重要であったと想像できる。そのため刺繍技法やデザインにおいても、誰もが真似し易いことが求められたはずだ。故に何千年の歴史を経ても尚、当時の図案と同じ刺繍を今日も手に入れることができる。私がこれまで旅をしてきた中央アジア、モロッコ、グアテマラなどでは、民族博物館に飾られた刺繍と同じ図案の刺繍小物や衣服を街中で見つけることができた。刺繍芸術は生きた古代芸術とも言えるかもしれない。 一方で悲観的にこの現状を観察すると、刺繍は長い歴史の中で大きな芸術転換期を未だ迎えられていないとも捉えられる。

     今日の刺繍芸術はアートと工芸の狭間に落とし込まれていると私は感じる。

    それに加えて機械刺繍の発達や消費者の購買に対する価値観の変化のため、不当な価格で刺繍物が販売されている現状がある。手仕事で良き物を作るということは、鍛錬と創造に長い時間を有する藝道であるべきであると私は思う。 効率化が求められる現代の消費社会において、人類は改めて需要の本質を自問自答するべきではないだろうか。だからこそ、私が理想

    とする職人像とは「用の美」のみならず、主観的で感覚的な美学をも刺激できる作品を創造できるアーティストでもある必要があるのではないだろうか。

    絵を描くことで何を探しているのか?

     僕はまず刺繍職人であり、つぎにアーティストである。

    だから絵を描くのは、第一に絵を描くためであり、第二にアイデアを具象化する経験だけに的を絞って練習するためである。毎度刺繍で実験を行っていたならば、時間が足りないんです。作り出せる作品の数には限りがある、今世での時間がそうであるから。刺繍を構成する要素を「素材」「作図」「技法」としたとき、技法と作図では異なる能力が求められる。技法とは手と経験と知識に宿る。一方で絵を描くことは、精神や思想や記憶らをぐちゃぐちゃに畳み込み、それらを蒸留して生み出されるものだと私は思う。しかしそれでは作図にはならないのだ。幼稚園児の描く家の絵を建築家が実際に建てることはできない様に。絵を描くことは無責任であって良いのだ、デザインはそこに美が求められる、作図はさらにその先にある設計図のようなものであろう。作図とデザインと絵を描くことは何が違うのか?画家とイラストレーターの仕事が違う様に、それらには明確な違いがあるのだ。イラストレーターの彼らは美学をルール化する能力が長けている、少なくとも私はそう認識している。街中を彩る美しい広告は、誰が見ても決して正反対のイメージを抱く様なことは起きない。文化が変わってもそれが通用するのだから、彼らはやはり美の公式を理解し、応用する力がずば抜けている。しかし絵を描くというのは完全なる自由を求める行為である。それは言わば美の公式を破壊しようとする行為でもある。だから私とあなたで同じ絵を見たとしても、笑う人がいれば、泣く人がいる。

    それこそが絵を描くことの美学だ。

表現力の探求・中南米 [Guatemala ~ Mexico ~ NYC]

絵画表現

受賞歴
・Hand&Lock The Prize 2023 《ファイナリスト》
・第4回丹波アートコンペティション《入選》

展示歴
・第4回丹波アートコンペティション入賞・入選作品展|春日文化ホール(兵庫)
・第7回創造の丘展・湘南アート展覧会|藤沢市民ギャラリー(神奈川)
・ARTs maru art(あつまらーと)vol.3|Gallery Subaru(大阪)
・二人展 “Offal Knights”(臓騎夜)vol.0|アートレジデンス”Aq Tusheti”(オマロ・ジョージア国)
・二人展”Home Sweat Art” |個人宅(トビリシ・ジョージア国)
・The Hand & Lock Prize for Embroidery Exhibition 2023|OMNI Gallery(ロンドン・英国)


From Diary

  • 自由のために戦うのだ。

    アートにルールがないのならば、だからこそ、そのルールを潰すのだ。いやそんなどうでも良いことを、、、

    世界のクソに唾を吐け。自己表現のためのアートだと、ふざけたことを抜かしてやがるな。そんなものは甘い!ぬるい!脆い!現世に目を向けてみろ、我々が何千年もかけて成長させてきた文明の底力はこれ程のことしかできないのだ。そうなのか? それなのになぜ人間は人間であり続けるられているのだ、国境などかつての権力者が保身のため、富のために引いたに過ぎないのだ。だから餓鬼が砂浜に書いた線よりも雑魚い。なのに我々は未だ殺し合うのはなぜ? どうして?我々に愛を知れる心があるのなら、なぜそれに自ら蓋をする。戦うのだ、自由な表現のために、芸術には心を動かす力を宿せると信じるのなら、その心情を貫くのだ。何を表現したいのかという問いがどれほど馬鹿げた命題であろうか。その問いに脳を支配させている程に君は暇なのかい。

    私は純日本製ノ温室育チ。遠い国で人がいくら死んでいようとも、セレブの浮気の検索に、人生の決して僅かではない時間を無駄にする、そんな「世界」に生まれた。だからこそだ、胸の内の炎を決して絶やしてはならない。明日の飯に困らないのだから、温かい布団が約束されているのだから、夢を自らの手で殺してはいけない。つまりそれは茨の道である。しかし忘れてはならない。フロンティアを目指したかつての冒険者たちの無謀さを。彼らが地図を作ったのだ。地図なしにして、ましてや空想の目的地に向かっているかもしれない中、折返し地点を見極めることなど決してできない。燃料と食料が半分を切ったときにはじめて、真の博打が始まっていくのだ。私はまだ帆を上げたばかりでないか。

    考える自由を奪われたことはあるかい?

    誰も君を見ていない時にこそ、君の本当の姿が現れる。

    車輪を発明した者の名を知る者はいないのだよ。

    19/08/2023 @ Omalo, Georgia

  • 懸命に生きようとする人間の肩に手をやり、
    欲に脳を喰われた輩がそのまま生き続ける事を恥じずにはいられなくなる
    そういう作品を生み出したい
    それが何かはまだ誰も知り得ないであって欲しい。

    創造とは人類の根源的は行動であってほしい
    我々アーティストは生み出し続ける事を願い、それを仕事と言い張るわがままな存在だ。
    だがそうでもしなければ居場所を見つけられないのが、今日の社会の仕組みなのだ。
    何を作りたいかなどを問うのはもうやめた、 

    なぜならば、ソウゾウがしたいと言う欲求こそがその答えに過ぎないのだと知ってしまえたから。

受賞歴
・第13回躍動する現代作家展 《優秀賞》

展示歴
・トビタテ文化祭2024 作品展示・刺繍実演|文部科学省講堂(東京)
・THE芸術〜2024SPRING〜|表参道FLUSSO(東京)
・第13回躍動する現代作家展|福岡アジア美術館(福岡)

2024

表現の探求